有料老人ホームを検討している最中です
このような多様な選択肢があれば、目的に応じて学生たちは学校を選べることになるが、現在の一律的、社会主義的な価格統制のもとでは、大学の多様だろうか。
ちょうど製品が格段に優れているのに、値段はあるレベル以上は上げられないというのと同じである。
自由な価格づけがなくては、いいものは作れないのである。
H・ビジネス・スクールでは、1年間の授業料は日本円にして約300万円。
それでも大勢の若者が殺到している。
なぜ人気があるのかといえば、そこで高度の教育が受けられ、社会に出ればその何十倍もの見返りがあると、学生たちが信じているからであインセンティブの欠如国立大学のみならず私立大学でも共通していえることは、教師の側も学生の側もインセンティブが存在しないことであり、そこに根本的な問題がある。
学生サイドからみてみよう。
著者は以前、H大学で教鞭をとっていたことがある。
このとき教室には常に緊張感があり、授業の途中で、「何か質問はないか」ときくと、半分ぐらいの学生が一斉に手を挙げたものだ。
この質問攻めに能率よく答えないと授業をスムーズに進められない。
だから、授業の準備は徹底的に行った。
ところが日本に帰ってきて、大阪大学ではじめて授業を行ったときのことである。
授業の途中で私はおそるおそる「質問があるか」ときいてみた。
Hのように大勢の学生が一斉に手を挙げたら、収拾がつかないという心配があったからだ。
ところが、みな下を向いたままで誰も質問をしないのである。
私は大きなカルチャー・ショックを受けた。
いったい、この落差はなんだろうか、と思った。
アメリカの学生がその本分をよくわきまえているのに対して、日本の学生は、大学を〃レジャーランド〃と考え、卒業証書さえもらえれば、それでこと足りると考えているからであろうか。
しかし、それは「結果」であり「原因」ではないということがすぐにわかった。
アメリカの大学では、成績によって授業料免除とか、生活費の支援を含めた奨学金制度が広範に用意されている。
授業料は確かに高額ではあるが、たとえば、成績が上位30%ぐらいに入るなら授業料が免除になる。
10%以内ならその上に生活費まで支給される。
もしこのような奨学金がトップ一人の「特待生」だけにかぎられていると、学生たちは初めから「一番になるのはどうせ無理だ」と諦めてしまうが、上位30%なら、「頑張れば自分も授業料免除になるかも」と思うから、猛烈に勉強するだろう。
実際、300万円の授業料がダダになるのなら、誰だって死に物狂いで取り組むだろう。
有料老人ホームのお勧め情報にきて下さい、きっと有料老人ホームに納得できます。